太ったおばさんのために靴を磨くんだよ

サリンジャー“Franny and Zooey”より(ネタバレ注意)

4102057048村上春樹訳『フラニーとズーイ』

僕がウェイカーと一緒にまさに玄関を出て行くとき、シーモアが僕に靴をきれいに磨くようにと言ったんだ。それで僕は頭にきちゃったわけだ。スタジオの観客なんでみんなうす馬鹿だ。アナウンサーだってうす馬鹿だ。スポンサーもうす馬鹿だ。そんな連中のためにわざわざ靴を磨き立てるなんてごめんだねと、僕はシーモアに言った。それにだいたい連中の座っている位置からは僕の靴なんて見えやしないんだ。でもとにかく靴は磨くんだ、と彼は言った。おまえは太ったおばさんファット・レディーために靴を磨くんだよ、彼はそう言った。何のことを言っているのか、僕には理解できなかったけど、彼は例のあのきわめてシーモア的な表情を顔に浮かべていたので、僕は言われたとおりにした。太ったおばさんっていうのが何を意味するのか、彼は説明してくれなかったけど、それ以来番組に出るたびに、とにかく太ったおばさんのためにせっせと靴を磨いた。(p.288)

4102057021野崎孝訳『フラニーとゾーイー』

これからウェーカーといっしょに舞台に出るってときに、シーモアが靴を磨いてゆけと言ったんだよ。ぼくは怒っちゃってね。スタジオの観客なんかみんな低能だ、アナウンサーも低能だし、スポンサーも低能だ、だからそんなののために靴を磨くことなんかないって、ぼくはシーモアに言ったんだ。どっちみち、あそこに坐ってるんだから、靴なんかみんなから見えゃしないってね。シーモアは、とにかく磨いてゆけって言うんだな。『太っちょのオバサマ』のために磨いてゆけって言うんだよ。彼が何を言ってるんだかぼくには分からなかった。けど、いかにもシーモア風の表情を浮かべてたもんだからね、ぼくも言われた通りにしたんだよ。彼は『太っちょのオバサマ』って誰だかぼくには言わなかったけど、それからあと放送に出るときには、いつもぼくは『太っちょのオバサマ』のために靴を磨くことにしたんだ(p.228)

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数式を使わないデータマイニング入門

4334033555岡嶋裕史『数式を使わないデータマイニング入門 隠れた法則を発見する』(光文社, 2006)

最初の3章はデータマイニングとは何か、ビジネスでの利用例、データの準備・整理法といった総論的な話。その後はデータマイニング手法を一つずつ紹介する各論となる。紹介されている手法は、回帰分析・決定木・クラスタ分析・自己組織化マップ・連関規則・ニューラルネット。タイトルどおり、数式は使われておらず、トレーニングを受けていない人でも読めるようになっている。コーヒーチェーン店の自己組織化マップなど、データとアルゴリズムで再現できない例があるのが残念。

参考文献リストあり・索引なし

TVドラマ「ノーコン・キッド」から見るゲーム30年史

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誰でも知っている、エポックメイキングなゲームは必ず通らなきゃダメだろう(p.157)

というわけで、私くらいの年代で、ゲーセンやファミコンで遊んだことのある人なら誰でも知っているゲームをネタにしたテレビドラマ、「ノーコンキッド」が2013年に放映されました。Blu-rayDVDにもなるみたいです。描かれたのは1996年まで。その後の「音ゲー」ブームやモンハン、携帯ゲーム、弾幕シューティング文化、「DOOM」から始まるFPS、海外の流れなどで続編を作りたいという考えもあるそうです(Blu-rayやDVDの売上次第?)。

私は第2話のドルアーガの塔の音楽で、小学生の頃の冬休みが一気にフラッシュバックしてきました。当時を知っている人は、ドラマを視ていなくても、ドラマのあらすじとドラマで描かれた時代のゲームをまとめた『TVドラマ「ノーコン・キッド」から見るゲーム30年史』を読むと、とても懐かしい気持ちになるでしょう。もっと若い人は、教養として通らなきゃダメです。

アーケードの筐体を動く状態で保存し続けるのは大変ですが、ゲームの歴史を記録することは、これからもっと難しくなるでしょう。ファミコン等のゲームはエミュレータとROMからの吸い出し(法的には問題がある)でなんとかなります。初代SimCityのようにオープンソースにすることは、記録のためにはいいのですが、ゲーム業界にとっていいかどうかはよくわかりません。オンラインゲームなんかは、20年後にドラマで扱おうとしても、プレイするのは難しいでしょう。プレイ動画を保存しておいて、俳優をCGで合成するくらいしかないかもしれません。人間のプレイヤーをAIでシミュレートできるようになるかもしれないので、とりあえず、コードはちゃんと保存しておいてもらいたいです。

各話のキータイトル紹介ページの備考欄の、今プレイするための情報を、バーチャルコンソールを中心にちょっと補足。

参考文献リストなし・索引なし

アンドロイドは電気掃除機の夢を見るか

4150102295人間ができることのすべてをターゲットにする人型アンドロイドの研究者にとって、人間の「反応」をアンドロイドに模倣させることは大きな目標でしょう。ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』ではそのあたりがうまく描かれていました。

アンドロイドが人間と同じような反応をするかどうかは、感情移入度検査法でテストされます。

どれほど純粋な知的能力に恵まれているアンドロイドでも、マーサー教信者にとっては日常茶飯事の<融合>—標準知能以下のピンボケを含めた文字どおりすべての人間が、何の苦もなくやっている体験—をぜんぜん理解できないことが明らかになったのである。(p.41)

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それは対話による検査法です。リックがレイチェルをテストした際の対話は、こんな感じでした。

「では、最後の質問。二部に分かれた質問だ。きみはテレビで、むかしの映画—戦前に製作された映画を見ている。画面では宴会がはじまった。客たちはうまそうに生ガキを食べている」

「おえっ」とレイチエル。針が大きく振れた。

「主料理は、ライスの詰め物をした犬の丸煮だ」こんどは、生ガキのときより針の振れが小さかった。「生ガキのほうが犬の丸煮よりはましだと思うがね。その逆らしいな」(p.66)

テストの結果、レイチェルはアンドロイドだと判定されます。

人工知能が知性を持っているかどうかをテストするチューリングテストが、「知性」を使って「知性」をテストするという気の利いた構造になっているのに対して、感情移入度検査法はいまいちですね。

そこで、「アンドロイド」を使って「アンドロイド」をテストしたらどうかと考えた人がいました。

「女性型アンドロイドが部屋を掃除している」

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文字の食卓

4860112474正木香子『文字の食卓』(本の雑誌社, 2013)

自分が好きなものを好きだと言っておかないと、消えてしまったときに後悔する。インタビューによると、読んでいた雑誌の書体が断りなく変わったことへの「怒り」から立ち上げたサイト「文字の食卓」を書籍化したものだという。音を聞くと色が見える、いわゆる共感覚とは、厳密には違うのかもしれないが、著者の正木さんは、文字を味覚に結びつける。失われつつある写植の書体を中心に選んだ39書体の「味」を綴った(静かな)衝撃のエッセイ。

『鈴木勉の本』(字游工房)に大きな影響を受けているとのこと。参考文献リストなし・索引なし。

好きなものは好きだと言っておく。

ウェブサイトの「"ヒラギノ角ゴ Pro W3", "Hiragino Kaku Gothic Pro", "メイリオ", Meiryo, Osaka, "MS Pゴシック", "MS PGothic", sans-serif」の味も気になる。