サリンジャー“Franny and Zooey”より(ネタバレ注意)
僕がウェイカーと一緒にまさに玄関を出て行くとき、シーモアが僕に靴をきれいに磨くようにと言ったんだ。それで僕は頭にきちゃったわけだ。スタジオの観客なんでみんなうす馬鹿だ。アナウンサーだってうす馬鹿だ。スポンサーもうす馬鹿だ。そんな連中のためにわざわざ靴を磨き立てるなんてごめんだねと、僕はシーモアに言った。それにだいたい連中の座っている位置からは僕の靴なんて見えやしないんだ。でもとにかく靴は磨くんだ、と彼は言った。おまえは
これからウェーカーといっしょに舞台に出るってときに、シーモアが靴を磨いてゆけと言ったんだよ。ぼくは怒っちゃってね。スタジオの観客なんかみんな低能だ、アナウンサーも低能だし、スポンサーも低能だ、だからそんなののために靴を磨くことなんかないって、ぼくはシーモアに言ったんだ。どっちみち、あそこに坐ってるんだから、靴なんかみんなから見えゃしないってね。シーモアは、とにかく磨いてゆけって言うんだな。『太っちょのオバサマ』のために磨いてゆけって言うんだよ。彼が何を言ってるんだかぼくには分からなかった。けど、いかにもシーモア風の表情を浮かべてたもんだからね、ぼくも言われた通りにしたんだよ。彼は『太っちょのオバサマ』って誰だかぼくには言わなかったけど、それからあと放送に出るときには、いつもぼくは『太っちょのオバサマ』のために靴を磨くことにしたんだ(p.228)