私にとって『不思議の国のアリス』の翻訳と言えば、次の2冊が双璧でした。
1冊目はガードナー版。あのマーチン・ガードナーが注釈を付けているのが理由です。
「わたし、地球を突き抜けてもまだ降下していくのかしら。」(p.30)
というアリスのセリフに、
空気の抵抗と地球が回転するために生ずるコリオリの力を無視すれば(穴が極から極へ貫通しているのでなければ)物体はいつまでも往復運動を繰り返す。
などという注が付くのはこの本だけでしょう。「アリスの挿絵はテニエルでないと」という人にもお勧めです。この本には文献リストが付いています。(Wikipediaに「不思議の国のアリスの挿絵」というすごいページがあるのですが、こういうページは百科事典の外にあった方がよりよいと思います。)
2冊目は柳瀬尚紀版。あの柳瀬尚紀さんが翻訳しているのが理由です。
And the moral of that is—“The more there is of mine, the less there is of yours.”
という公爵夫人のセリフを、
この近くに大きなマスタード鉱山があるわ。つまり格言でいうと—『鉱山なき者は恒心なし』(p.126)
と訳すのはさすがです。ただし私が「恒産なきもの・・・」という孟子の教えを覚えたのは、職に就いてからだった—と、『鏡の国のアリス』の登場虫、あの無名で有名な蚊のように、小さな活字声で付け加えておきます。
最近3冊目が加わりました。草間彌生版です。
あの草間彌生さんの作品を挿絵に使っているのが理由です。疲れているときに読むのはやめた方がいいかもしれません。ものすごいパワーです。
草間さんがアリスのために挿絵を描いたというわけではなく(さすがに)、各場面に合いそうな作品をデザイナーが選んだということです。それでも、これだけの本をこれだけ安く売れる理由がよくわかりません。(英語版の中身検索が本稿執筆時点ではぶっ壊れてますね。)
論理や科学が好きな人にはガードナー版、ことば遊びが好きな人には柳瀬尚紀版、それ以外のすべての人には草間彌生版がお勧めです。(全部揃えても損はしないと思いますが。)