辞書を編む

4791702352小型辞典にもいろいろ個性があることは、「学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方」を紹介したときに述べたとおりだが、『辞書の世界』収録の倉島節尚「辞書編集を巡る二、三の覚え書き」によれば、規範重視型の代表は『岩波国語辞典』で、現実重視型の代表は『三省堂国語辞典』だという(どちらもアプリあり)。

4334037380その『三省堂国語辞典』(三国)の編纂者である筆者が、2013年末完成予定の三国第7版の編纂プロセスを紹介しつつ、国語辞典のこれからについての思いを綴ったのが、飯間浩明『辞書を編む』(光文社新書, 2103)である。(参考文献リストなし。索引あり。)

本書に記した作業の後には、筆耕・構成・印刷用のデータ作成・用紙や資材の選定・装丁・印刷・製本などの工程が続きます。(p.262)

国語辞典のこれからについて考えるとき、キーワードは2つある。電子辞書とウィクショナリーだ。

電子辞書において、三国のような小型辞典が広辞苑や大辞林、大辞泉といった中型辞典(本書では大型辞典と呼ばれている)に対する優位性を保てるか、出版後の参照可能性を長時間維持できるのかといった問題に答えなければならない。前者の問題に対する著者の回答は本書の中で述べられているが(本文を参照のこと)、ほんとうにそれで大丈夫なのかはよくわからなかった。電子辞書の普及によって、小型辞典が淘汰されるということはあり得ると思う。後者の問題は出版全体に言えることで、DRM無しでうまくやる方法を確立しないとどうしようもなくなるだろう。

ウィクショナリーは、Wikiで百科事典を作ろうというウィキペディアの辞書版である。規範重視(鑑)よりは現実重視(鏡)の辞書に向いた方式だが、いずれにしても、『三国』における「中学生にでも分かる説明」というような編集方針を貫けるかどうかという点を筆者は疑っているようだ。次の指摘も深刻に受け止めたい。

小型辞典の場合、あまり多くの人で寄ってたかって作ると、「船頭多くして船山に上る」ということになりかねない。(p.29)

4046532742そういえば、『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』にも次のような注があった。

もともと『語彙』が、国学者を集めてみたものの議論ばかりが紛糾して何も決まらず、数年で「え」までしかいかなかったという経緯があり、『言海』はこの失敗を踏まえて、大槻文彦ひとりに委ねて、統一性のとれた言語観・文法観に基づいた辞書を作ろうという意図があったようだ(p.61)

ウィキペディア方式で辞書(ウィクショナリー)を作ろうとしても、小型辞典の中・大型辞典に対する優位性(本文を参照)はそのまま保たれるし、その点をウィキペディア方式が克服することは本質的に難しいということが示唆されている。個人的には、集合知の活用によってことばの変化が加速するのも欠点だと思う。

他の辞典への批判は慎重に避けられている。「右」を「この辞書を開いて読むとき、偶数ページのある側をいう」とした『岩波国語辞典』の画期的な語釈が電子版で訂正されていないというような話も紹介されているが(p.204)、批判というほどのものではない。「ヘップサンダル」を「映画『麗しのサブリナ』でA=ヘップバーンが履いたところからの名」(p.71)というウソを書いた辞典の名前くらい、せっかく映画を観てチェックしたのだから晒してほしいところではあった。

479421362X(愛のある)批判を読みたい向きは、石山茂利夫『国語辞書事件簿』などにあたるといいだろう。『広辞苑』のことがちょっと嫌いになるかもしれない。業界の内の人と外の人では、書けることに違いがある。

4385139261追記:2013年12月に『三省堂国語辞典 第七版』が出版された。