すぐ役に立つ●●はすぐ役に立たなくなる


これは私の指導原理の一つです。

先日大学の先生と話していて、「そういうことは戦前から言われていたらしいですね」と言われました。この言葉の起源として、そのとき私の頭に浮かんだのは、先日「東大の教養、東工大の教養」で紹介した、池上彰『池上彰の教養のススメ』(日経BP社, 2014)の次のような記述でした。

慶應義塾大学の中興の祖といわれ、今上天皇にご進講した小泉信三は、かつて学問についてこんな言葉を残しています。

「すぐに役に立つものは、すぐに役に立たなくなる」(p.3)

橋本武さんもそういうことを言っていた気がしますが、『銀の匙』授業が始まったのは戦後なので、小泉さんのほうが古そうです。(参考:奇跡の教室—エチ先生と『銀の匙』の子どもたち

4004150876というわけで小泉信三『読書論』(引用文献リストあり・索引なし)を読んでみたのですが、ちょっと想像と違うことが書かれていました。

先年私が慶応義塾長夜任中、今日の同大学工学部が始めて藤原工業大学として創立せられ、私は一時その学長を兼任したことがある。時の学部長は工学博士谷村豊太郎氏であったが、識見ある同氏は、よく世間の実業家方面から申し出される、すぐ役に立つ人間を造ってもらいたいという註文に対し、すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなる人間だ、と応酬して、同大学において基本的理論をしっかり教え込む方針を確立した。すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなるとは至言である。同様の意味において、すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本であるといえる。(p.12)

もの・人間・本と、すぐ役に立ってもらいたいもののバリエーションはありますが、とりあえず、小泉信三さんが起源ということではなさそうです。

東大入試問題に隠されたメッセージを読み解く


4819112015大島保彦『東大入試問題に隠されたメッセージを読み解く』(産経新聞出版, 2013)(参考文献リストなし・索引なし)

東大の入試問題には、どういう学生に入学して欲しいかはもちろん、社会へのメッセージも込められているのだというお話。そのメッセージを読み解く余裕は受験生だった当時の私にはなかったが、今なら納得できるところもある。

どういうメッセージが込められているのかは本書を読んでもらうことにして、「社会へのメッセージを込める」という姿勢を今後も続けられるかというあたりが気になった。

東大の入試問題を見て、勉強のおもしろさがわかった若者の多くはアカデミズムに行ってしまっているのだと思います。そういった若者がアカデミズムに行き、実社会に出ないところが、「東大卒が期待に応えていない」という批判になっているのかもしれません。(p.187)

アカデミズムが実社会に入るかどうかはともかく、東大生の一部がアカデミズムに行くのは確かだろう。では東大生のレベルはどうなっているかというと、

東大を目指したいと思った生徒が「東大に受かりたい」という形(目的指向型)の勉強を必死にすれば、今は、東大に合格することはできると思います。東大の敷居は20年前に比べると、間違いなく低くなっているからです。(p.182)

敷居が低くなってバラツキが大きくなることのメリットもあるだろうが、アカデミズムに行くものの平均レベルが下がるのはまずい。しばらくするとその人たちがメッセージを発する側になるのだが、そのメッセージの質が下がれば受験生のレベルが下がり、悪循環が始まるからだ。

ここ数年、「東大の入試問題も劣化しているのかもしれない」と感じることがあります。(p.187)

これが悪循環の徴候ではなく、一時的なもの(あるいは著者の気のせい)であったほしいものだ。

かけ算には順序があるのか


4000295802小学校で「6人に4個ずつミカンを配ると全部で何個か」という問いに「6×4=24」と書くと不正解にされることがあるらしい。「4×6=24」のように、(1つ分の数)×(いくつ分の数)や単価×個数という順序で書くことが大切なのだという。

私の周りでのサンプル調査(少数)では、そういう目に遭って算数が嫌いになった人(教師を訴えませんように)、そういうことを言われたのが先生をバカにする一因になった人がいた。私自身はそういう目に遭ったことはないが、どちらが正解なのかは何回聞いても憶えられない(一応博士なのだが)。

この話についてまじめに調べてまとめられたのが高橋誠『かけ算には順序があるのか』(岩波書店, 2011)である。(参考文献リストあり・索引なし)

順序を強制することが疑問なのは、「1つ分の数」(変な日本語。コメント欄を参照)が考え方次第でどうにでもなるからだ。冒頭の例なら、6個/回×4回とか(トランプを配るように)、6個/(個/人)×4個/人などと考えてもよい(解釈は難しいが)。(p.42)

本書によれば、文科省は順序があるという指導もどちらでもよいという指導もしていない(p.2)、算数の教科書を発行している出版社の「教師用指導書」(≠検定教科書)には順序を教えるようにと書かれているらしい(p.3)。

危険なのは公立学校だけではない。「算数教育に関わる各団体は,かけ算の順序についてどのような見解を出していますか?」によれば、Z会は「順序」に否定的なのに対して、進研ゼミは「順序」に肯定的なようだ。これだけ見れば、通信教育は進研ゼミよりZ会を勧めたい。私立学校もいろいろあるだろう(コメント欄を参照)。

教育には間違いが無いこと、たとえ間違いがあってもそれがすぐに正されることが理想だが、現実はそうではない。この現実への対処法を「教育」しようとする者を信じてはいけない。

この問題については,ファインマン博士のこの文章が結論。これ以上,特に議論する必要はない。議論したい方はハッシュタグ#掛算で。

問題の解決法(原文ママ)を求めるのにいちばんよい方法とは何でしょう。答えは,うまくいくならどんな方法でもよい,です。算数の教科書に求められるのは,問題を解く特定の方法を教えることではなく,むしろ,そもそもの問題が何かを教え,答えを求める方法を,できるだけ自由に考えさせることです。しかしもちろん,何が正しい答えかについては,自由が入り込む余地はありません。たとえば17と15を加える(17と15の和を導き出す方法)には,多くのやり方があるでしょう。しかし正しい答えは一つしかありません。(『ファインマンの手紙』p.635)

4480096302追記:志村五郎先生曰く、

3トンの砂を積んだトラックが5台ある。砂は全部で何トンか。この問題に対して3×5=15または5×3=15として15トンと言えばよいが、どうやら3×5と5×3のどちらか一方が正しいやり方で他方は正しくないとする教え方があるらしい。私はどちらでもよいと思っているのでどちらが正しいとされているのか知らない。

(中略)

結局どちらでもよいのにどちらが正しいかを考えさせるのは余計なあるいは無駄なことををかんがえさせているわけである。だからそんなことはやめるべきである。(「掛け算の順序」『数学をいかに教えるか』p.47)

Adobe-Japan1-6のすべてのグリフを1ページで


この記事で作るもの:Adobe-Japan1-6の全23058グリフを1ページで (PDF, 5MB)

Unicodeの文字の一覧を作ったのに続いて、Adobe-Japan1-6のグリフの一覧を作ります。自分で作らなくてもAdobe-Japan1のグリフ一覧は、

しかし、自分で作れるようになっていれば、全グリフを1ページにといった、自分の好きなレイアウトの一覧表が作れます。

改訂版が出るたびに買っている奥村晴彦, 黒木裕介『LaTeX2ε美文書作成入門』(技術評論社, 第6版, 2013)にも、判型が変わった頃から“Adobe-Japan1全グリフ”が掲載されているのですが、書体が小塚明朝ではなくヒラギノ明朝なので、ここでの目的には適しません。以前書いたように、小塚明朝では区別され、ヒラギノ明朝では区別されない漢字のペアがあるので、ヒラギノ明朝では全グリフにはならないのです。『基本日本語活字見本集成』の著者の一人である小形克宏さんも、ブログで次のように書いています。

このページをより一般的なヒラギノ明朝で組むという話が出たとき、ぼくはかなり強く小塚明朝でなければ信頼性を担保できないことを主張しました。仮にヒラギノ明朝でAdobe-Japan1-5を表しても、それはヒラギノとしての実装解釈を示したにすぎず、仕様制定者の本来の意図が見えなくなってしまいます。Adobe-Japan1は文字コード規格ではなく、あくまでも「グリフ」セットなのですから、小塚明朝のタイプフェイス・デザインを前提とするのは自明の理であり、その意味で小塚明朝で掲載されたことは至極当然と言えるでしょう。『基本日本語活字見本集成本OpenType版』のこと (1)

というわけで、小塚明朝で作ります。

小塚明朝とTeXLiveがインストールされた環境で、「kanji-config-updmap kozuka-pr6n」として小塚明朝を埋め込めるようにします。Adobe-Japan1-6のCIDは、0から23057まで、間を空けずに使われているようなので、単純な繰り返しをするTeXファイルで一覧を作れます。こうして作った一覧表が冒頭のPDFファイルです(改行の制御に不満があります@doraTeXさんのコードを参考に修正しました)。

Unicodeのすべての文字を1ページで


この記事で作るもの:Unicode 6.0のすべての文字を1ページで (PDF, 23MB)

4327377368ヨハネス・ベルガーハウゼン, シリ・ポアランガン『世界の文字と記号の大図鑑 ー Unicode 6.0の全グリフ』(研究社, 2014)の著者はUnicode 6.0の全109242文字2時間30分かけて見るビデオの作者ですか。今度は1024ページの書籍。「Decodeunicode」で画像検索すると原著が出てきますが、楽しみですね。(追記:世界の文字と記号の大図鑑

「Unicodeのすべての文字を印刷した本って、前にもなかったっけ?」と思って本棚を探したのですが、勘違いでした。

0321480910頭に浮かんだのはThe Unicode Consortium『The Unicode Standard, Version 5.0』(Addison-Wesley Professional, 2006)(文献リストあり、索引なし)だったのですが、この本は、(1) The Unicode Standard、(2) Code Charts (PDF)から漢字を除いたもの、(3) Han Radical-Stroke Index (PDF)という構成でした。つまり、漢字はコードポイント順に一つずつではなく、Han Radical-Stroke Indexという形で掲載されているだけでした。

Unicode 5.0より後は、紙媒体ではないようですが、たとえば6.0について同じことをするなら、 (1) The Unicode Standard (PDF)、(2) Code Charts (PDF)、(3) Han Radical-Stroke Index (PDF)を使うことになるのでしょう。(Code Chartsには漢字も含まれているので、「文字の一覧(番号順)」が欲しいだけならCode Chartsだけで十分です。)

これらの資料もいいのですが、こういうのは、自分でもちょっとやってみたいところです。例えば、Unicodeの全文字を1ページに、なんてことも、自分で作れるようになればできます。

というわけで、必要なデータをEnumerated Versions of The Unicode Standardから探して作ろうとしたら、これがなかなか面倒でした。

Unicode 6.0の全文字は、UnicodeData.txtに載っているはずですが、この第1列をHTMLの数値文字参照に置き換えるだけでは終わりません。

UnicodeData.txtには、CJK統合漢字など、1行1文字になっていない部分があります。それを補うのは面倒なので、Unicode 5.1以降で導入されたUnicode Character
Database in XML
を使うことにします。このXMLファイルは、char要素1個が1文字に対応します。

XMLファイルには、印刷できない文字?も含まれているので、それを除外しなければなりません。Unicode 6.0のコードポイントは109449個ありますが、そのうちGraphic Characterは109242個です(参照)。『世界の文字と記号の大図鑑』の109242文字というのはこれのことなのでしょう。Graphic Characterの定義General_Category ValuesThe Unicode Standard Chapter 2 General Structureの「Table 2-3. Types of Code Points」を見ると、char要素のgc属性値がCから始まるものとZl, Zpになっているものは除外しなければならないことがわかります。(異体字セレクタのような、明らかに印刷不能な文字が残るのですが、とりあえずはそのままにします。それを使う異体字もここでは数えません。)

というわけで、ちょっとスクリプトを書いて、Unicode 6.0の文字の一覧を作ります。

こんなHTMLファイルです。このファイルは、Unicodeの文字を数値文字参照で書いてあるだけのものなので、文字を実際に表示できるかどうかは環境によります。Noto花園明朝などを入れた環境で、Firefox 31とChrome 36を試したところ、FirefoxはUnicode 6.0のすべての字形を表示できたようですが、Chromeはぜんぜんだめでした(目視以外の確認法がわかりません)。

Windows上のFirefoxでAdobe PDFに印刷した結果が冒頭のPDFファイルです。

完成に必要な無料フォントを列挙する(あるいはもっとよい方法の提案)という自由研究を、どこかの小学生がやってくれることを期待します。

関連:Unicodeのすべての文字を1回ずつ使って絵を描く

追記:The Unicode Map Projectがすばらしいです。