HTMLとCSSだけで作るマルバツ


マルバツを題材にしたプログラミング入門書を紹介したときに,「自分ならどうするか」を考えると楽しいと書きました。

私の場合,HTML+CSS+JavaScriptで作ることを最初に考えますが,HTMLとCSSだけ,つまりJavaScriptなしというのも面白いですね。根性があれば,プログラミングは不要です。(CSSも本質的には不要ですが,見た目があまり貧弱だとイヤなので・・・)

COMは負けないマルバツ+αのつもりです。勝つ場合の手数は考慮していません。

Manifold JSで別のプラットフォーム用に変換できます。

1594746877Tic Tac Tome は,この記事でやっているのとと同じことを紙で試みているすごい本です(1ページ1局面,一部両面印刷で約700枚!)。残念なことに,先手が人で後手が最善の場合は網羅されているようですが,後手が人の場合は,先手が真ん中を選ぶケースしか扱っていないようです。つまり,上述の「COMが先手」のパターン1と2は扱われていません(上の実装なら,1ページ1局面,一部両面印刷で約230枚程度で足りるはずです)。

この本がマルバツを理解しているかというと,そういうわけではないと思いますが,そういうことを考えるのも楽しいものです。

参考:1人で「三目並べ」を遊ぶことができるゲームブック「Tic Tac Tome: The Autonomous Tic Tac Toe Playing Book」

世界が変わるプログラム入門


4480689389山本貴光『世界が変わるプログラム入門』(筑摩書房, 2015)

マルバツゲームの開発を例に,プログラミングとは何かを解説する入門書。使っている言語は擬似的なもので,実際に動かして試すことはできない。プログラムは動くことが最重要だという私の好みには合わないが,面白い試みではある。残念なのは,例がすべて手続き的なため,マルバツとはいえ,その規模がかなり大きくなってしまっていることだ。マルバツを作れるようになったくらいの人が,自分ならどうするかと考えながら読むと楽しめるかもしれない。

参考:HTMLとCSSだけで作るマルバツ

マイクロソフトの蹉跌


479732032XDean Takahashi『マイクロソフトの蹉跌―プロジェクトXboxの真実』(ソフトバンククリエイティブ, 2002)

任天堂とソニーが支配していた据置型ゲーム市場に、Xboxを擁するマイクロソフトが参入したのが2001年。ゲームとは何なのか。任天堂ともソニーとも違う、マイクロソフトなりの考え方を、Xbox開発の記録を通じて考えさせる一冊。

  • ブラックリー(Xboxの提案者の一人):どうしてマイクロソフトがゲームビジネスにかかわっているか? TVを始末するためさ(p.318)
  • フリーズ:単なる娯楽作品を作るのとはわけが違います。我々は芸術を作らねばなりません。(p.366)
  • 「ゲームは芸術だ」と誰かが言うときは、必ず何かを売りつけようとしているときだ。(p.448)
  • カーマック(ドゥームやクウェイクの開発者):我々がやっているのはそれじゃない。エンタテインメントだ。ゲームが芸術だなどと言うのは、我々の業界をえらく見せようという連中の詭弁だよ(p.452)
  • ジョーンズ(ヘイローの開発者):ゲームをなんと予防が、頭を休めて、しばらく現実世界のことを忘れるのがゲームだ。(p.452)

技術的に込み入った話は少ないが、こういうのにはなるほどと思わせられる。(ほぼ同時期に発売されたニンテンドーゲームキューブと比較してXboxは発売時に多くのゲームを揃えられたことについて)

単なる幸運だったのかもしれないが、マイクロソフトが任天堂にゲームで完勝できたのは、マイクロソフトの考えでは、優れた開発ツールとテストをおろそかにしなかったおかげである。テストを重要視するという考えは、マイクロソフトがソフトウェアの出荷で長年つちかってきたものだ(p.425)

4152091991私にとって、Xboxといえば『リトル・ブラザー』に登場するパラノイドXboxなのだが・・・

趙治勲『お悩み天国2 治勲の爆笑人生相談室』


4818206288趙治勲『お悩み天国2 治勲の爆笑人生相談室』(日本棋院, 2014)

獲得タイトル数ランキング一位、最強の囲碁棋士の一人である趙治勲さんが、読者からの悩み相談に答えるという、週刊碁の連載「お悩み天国」の単行本化第二弾。タイトル戦の直前に交通事故に遭って手術をすることになったとき、頭への影響を心配して麻酔を拒否したという伝説について、今明かされる衝撃の真実(p.102)、現役最強井山さんへの思い(p.112)など、囲碁や将棋のプロは、その生き様も売り物になる。2013年の第一弾『お悩み天国』もおすすめ。

僕たちは、今まで、何度、世界を救っただろう?


PlayStation発売20周年特設サイトで公開されている特別映像、『みんなのゲーム愛にありがとう。』が感動的でした。

僕たちは、今まで、何度、世界を救っただろう?

しびれますね。ドラクエなら、8と10以外は救いました(8は私的エンディング「鋼の剣」まで)。しかし、私たちが世界を救えるのは、救うというのが大げさなら、私たちが世界をより良くできるのは、ゲームの中だけではないかもしれません。

もしゲームで遊ぶことで正義感が養われるとしたら。そういうゲームでたくさんの人が遊べば、正義感を持つ人が世の中に増え、その人たちの行動で、世界は良くなるかもしれません。

B00K7Z67KK

たとえば、自分の人生を犠牲にして国家の不正を告発したスノーデン。彼の正義感がどうやって養われたか、興味深い話が『暴露』で紹介されています。

より大きな善のためであれば、自分自身を犠牲にしても良心に従うという信念はどこから来たのか
(中略)
彼がビデオゲームに熱中する中で学んだことというのは次のようなものだった—たとえ大いなる不正がはびこっていても、たった一人の人間でもそれを正すことができる。
(中略)
スノーデン世代の人間は、文学やテレビ、映画と同じように、ゲームを通じて政治意識やモラルを養い、この世界における自らの居場所を見いだしている。彼らはゲームの中で複雑な道徳上のジレンマに直面し、物事を深く考えるようになるのだ。(No. 1046/5322)

B00J4KD3LK

デジタルではありませんが、すごいゲームが『小学4年生の世界平和』で紹介されています。小学校の教室で行われるこのゲームは、子供たちが国や国連の代表となり、与えられたたくさんの国際問題を解決する、いわゆるシリアスゲームです。人気者の男子が独裁国家を作ろうとしているときにおとなしい子供たちがとった行動や、教室のほとんど全員に批判されながらも石油施設の武力制圧を続けた女子の洞察は、一応大学教師の私にとって、ほとんど「奇跡」です。

脅しに屈し、平和に潜む英知を忘れてしまったら、必ずその過ちを思い知らされるということだ。遅かれ早かれ、暴君は追い落とされ、残虐な武人は打ち負かされ、不当なリーダーは倒される。正義が実現するまでには、多くの個人が苦しむことになるかもしれない—命を失うこともあるだろう。しかし究極的には、結束した集団の集合的な英知は、正義が行われるまで倦むことのない、ある種の対抗力を生み出すものだ—そして成功するものだ。四年生にだってそれはわかるのだ。(No. 3021/4983)

ゲーム脳だとか暴力性だとか、ゲームの悪い影響(?)についてはいろいろ言われますが、どうせこの世からゲームをなくすことはできないのですから、良い影響についても強調していくべきでしょう。

ゲームを作っているかつての学生たちは、どういう世界を作りたいかという思いをリアルな世界の方にも向けているはずです。

いけないと思いつつ「はい」と答えますよね。

古くは「殺してでもうばいとる」や「ゆうべはお楽しみでしたね」、比較的最近ではGrand Theft Autoなどにも私たちは惹かれてきたわけですが、それはそれで、そういう反応を引き起こすだけの道徳観というものを私たちが持っていることを示しているようにも思います。

もちろん、正義感とは何の関係も無いマリオカートが最高のゲームの一つであるのは間違いありません。

追記:研究によって明らかになったゲームが人に与える良い影響(Lifehacker)