岩波文庫の書誌として最も信頼できるのは何か


4000612093『岩波文庫解説総目録』(以下,総目録)の新版(90年版 1927~2016)を堪能したので,これに関連した話を書いておこうと思います。

90年を超える歴史,約6000冊のコレクションを誇る岩波文庫が重要な文庫であることは間違いありません。しかし,その歴史のためか,書誌に関してはいろいろと難しいことがあります(そもそも,6000の数え方がよくわかりません)。次のような問題があります。

  1. ISBNの使い回し
  2. ISBNのないタイトルの存在
  3. 記録に残らない重版時の内容変更

順番に行きます。

ISBNの使い回し

最も有名なのは,ISBNの使い回し(Wikipedia)でしょう。改版時に翻訳者が変わってもISBNはそのままになることがあります。そのせいで,「オンライン書店で新訳を買ったつもりが旧訳が届いた」などというトラブルも発生するようです。参考:岩波文庫がISBNコードを上書き使用している件について(togetter)

総目録はこの問題の解決には役立ちません。原書が同じものはまとめられ,ISBNは変わったとしても最新のものしか載っていないからです。たとえば『インディアスの破壊についての簡潔な報告』は,1976年版(ISBNは334271)2013年版(ISBNは358001)があります。訳者が同じなのにISBNが変わった(岩波文庫としては)珍しい例なのですが,総目録に載っているISBNは358001だけなので,総目録だけを見てもISBNが変わったかどうかはわかりません。(総目録に倣って,ISBN-13の先頭の978400と末尾の1桁,ISBN10の先頭の400と末尾の1桁は割愛しています。)

ISBNが使い回されても,CiNii BooksのデータベースはNICDという独自のIDを振っているので,CiNii Booksで検索すれば,ISBNが変わったことがわかります。(ただし,CiNii BooksからGoogle BooksへのリンクにはISBNが使われているので,CiNii BooksからGoogle Booksに飛ぶときは注意が必要です。間違っているものが少なくとも60件はあります。)

CiNii BooksのAPIで,岩波文庫(親書誌IDがBN00015783であるもの)を検索し,ISBNは同じでもNICDは違うもの,つまりISBNが使い回されているものを挙げると,次のようになります。

ISBNを使い回している岩波文庫タイトル(機械的抽出)

旧字→新字のような,ISBNを使い回してもいいと思う人が多そうなものを除くと,次のようになります。

ISBNを使い回している岩波文庫タイトル(深刻なもの)

使い回しに比べると少数ですが,翻訳者の変更などの際に,ISBNが変わったものもあります。そのようなものを挙げると,次のようになります。

ISBNが変わった岩波文庫タイトル

ISBNのないタイトルの存在

1927年に創刊された岩波文庫ですが,ISBNが使われるようになったのは1980年頃なので,その間に刊行されたものには,そもそもISBNが付いていません。

CiNii Booksに登録されていて,ISBNがないものを挙げると,次のようになります。

ISBNのない岩波文庫タイトル

CiNii Booksが最も信頼できる情報源なのかというと,そういうわけではありません。

第1に,このデータベースは大学図書館のデータベースなので,大学図書館が所蔵していないものは登録されていません。第2に,NICDという独自のIDを振っているとは言っても,ISBNがない時代のものには,かなりの混乱がありそうです。

第2の例として,同一の書籍に複数のNICDが振られているものを14件見つけました。ついでに,翻訳者が間違って登録されていたもの1件,ISBNがあるはずなのに登録されていなかったもの1件,タイトルの「他二編」の漢数字「二」がカタカナの「二」になっているものも見つけました。いずれも報告し,修正してもらいましたが,最後のものは発生理由を想像すると闇を覗いた気になります。

CiNiiがダメなら国会図書館はどうかというと,『人間に就いて』が誤って『人間について』として登録されているなど,完璧というわけにはいきません。(本稿執筆時点)

記録に残らない重版時の内容変更

ISBNの問題を別にすれば総目録は完璧なのかというと,そういうわけではありません。

総目録には,「改版」は記録されていますが,「重版」は記録されていません。ふつうはそれでいいのですが,岩波文庫の場合は,重版時に解説が追加されることがあります。これが記録されていないのは困ります。以下の挙げるのは,記録されるべきなのに記録されていないものです。(*の部分は岩波書店の「愛読者の窓」係に教えてもらいました。ありがとうございました。)

版元でも確認できないものについて,現物を確認できる人がいたら教えていただきたいです。

総目録には細かい間違いもあります。

たとえば,手元の初版では,『草の葉』の翻訳者が「杉木喬, 鍋島能弘, 酒本雅之」になっていますが,岩波書店の「愛読者の窓」係に確認したところ,正しくは「酒本雅之」のみだそうです。正誤表の公開が待たれます。

ウェブサイトは直っていますが,こちらには,旧版(有島武郎選訳とは別)の情報が出てこないという問題があります。

4003500210総目録では,旧版(上中下)の翻訳者は「杉木喬, 鍋島能弘, 酒本雅之」になっていますが,3人訳なのは上巻だけで,中と下の翻訳者は「鍋島能弘, 酒本雅之」だそうです。この点について,『岩波文庫の80年』は正しいです。総目録と『岩波文庫の80年』で統一のデータベースを使っているわけではないようです。『岩波文庫の80年』は単なる年表なので,書誌としては不十分なのですが,それでもとりあえず,『岩波文庫の90年』は出してほしいです。CiNii Booksのデータは間違ってますね(本稿執筆時点)。

結論:岩波文庫の書誌として信頼できるものを見つけるのは難しいです。

機械より人間らしくなれるか?(祝ノーベル文学賞)


4794220804囲碁や将棋のトッププロが人工知能に負け,「人間の棋士にしか見せられないものを」みたいなことが言われるようになって久しいわけですが,そういうことは,これまでもあったし,これからもあるでしょう。

チューリングテストに参加する人間も,似たように状況に直面するようです。

チューリングテストとは,コンピュータが知能を持っているかどうかを判定するためのテストで,電子的にチャットにおいて,審判(人間)から「人間」と認められるなら,「知能がある」ということにするというものです。審判(人間)には「知能」があることが前提になっているところが洒落ています。

チャットの一方の側には審判(人間)が,もう一方の側には人間またはコンピュータがいるわけですが,人間は,どちらの側に立つにしても,相当なプレッシャーになるでしょう。審判のときは,相手がコンピュータであることを見破れないと恥ずかしい,審判が相手のときは,コンピュータと見なされるのが恥ずかしい。

この後者,つまり審判とチャットする立場に立った経験をもとに書かれたのが,『機械より人間らしくなれるか?』(文献リストあり・索引なし)で,出版されたのは今日の人工知能ブームの前ですが,今読んでも十分楽しめます。

4151200517これに関連して,ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を思い出します。これはすごい小説で,村上春樹さんも,『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』の中で,「最近,深い感銘を受けた本はありますか?」という質問に応えて次のように言っています。

小説で最近ノックアウトされたのは、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』かな。彼は僕が最も高く評価する同世代の作家の一人です。上手なだけではなく魂がこもっている。(p.462)

この小説には二つの大きな秘密が隠されています。①主要登場人物が生まれた理由と,②彼らが芸術作品を作らされた理由です。ノーベル文学賞に関連する報道で,第1の秘密は大々的にバラされてしまいましたが,映画化もされた作品ですし,これからこの作品を読もうという人も,これについてはすでに知っているでしょう。実際,イシグロ自身,『知の最先端』に掲載された「愛はクローン人間の悲しみを救えるか」という対談で,「この小説は最初から読者が結末を知っているかどうかは、重要ではないと思います(p.179)」と言っています。

打ちのめされるのは第2の秘密のほうで,囲碁の時も将棋の時も,それが私に『わたしを離さないで』を思い出させました。そういう意味で,最近の状況をうまく切り出した作品だと思います。

そうは言っても,イシグロが登場人物に求めさせた「人間らしさ」は,囲碁や将棋,その他あらゆる分野において,小説に描かれたのとは別の理由で「それで?」と言われてしまうものになりつつあり,未来はこの小説よりもつらくなる気がしています。

おまけ1:ノーベル賞をきっかけに,既存の翻訳が見直されるといいですね。たとえば『遠い山なみの光』では,「chess」が「将棋」になっているのですが,両者はかなり違うゲームなので,そういうことはしない方がいいと思います。

Do you remember, Jiro, when I first taught you this game, how I always warned you about using the castles too early?

おまえに初めて将棋を教えたころ、あまり早くから角を使うんじゃないと、しじゅう言っていただろう?(p.181)

おまけ2:『知の最先端』p.197より

英語で書く作家が注目されますから、ほかの言語で書く、非常に貴重な作家が無視されているという危険がすでにありますね。従来は、たとえば、ラテンアメリカもそうですが、世界のいろいろな国から頭角を現してくる、非常に興味深いスタイルをもった作家がたくさんいたのです。少なくとも日本は、孤立した状態で成長したので、そこで作られた映画は非常に興味深いといえます。

英語の覇権で、世界が文化的にあまりにも均一化されてしまうと、こういう多様性を見逃してしまうでしょう。料理に譬えると、みな同じ料理を食べたら、面白くないということです。インド料理、日本料理などいろいろあるから面白いのです。ですから、私は世界中の作家が同じような方向で書いている時代に急速に向かっていることに、いささか当惑しています。

おまけ3:村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(p.345)

彼自身は「日本語は話せない」と言うけれど、スコットランド人の彼の奥さんは「カズオはけっこう流暢に日本語が話せるわよ」と僕にこっそり教えてくれました(笑)。でも彼は日本語を話したくはないのだろうと、僕は理解しています。とくに日本では。たぶん彼にとって、彼の日本語は十分ではないからでしょう。

外国語というのはそういうものだろうと思います。

『アナイス・ニンの日記』新訳


『アナイス・ニンの日記』(水声社, 2017),重要文献の邦訳(一部新訳)である。

アナイス・ニンの日記には,初期(4巻)と編集版(7巻),無削除版(6巻)があり,一部はすでに翻訳されている。今回翻訳されたのは,下の網掛け部分の抜粋。

初期(4巻)

  • 1914–1920: Linotte (Vol. 1) 『リノット』
  • 1920–1923: Vol. 2
  • 1923–1927: Vol. 3
  • 1927–1931: Vol. 4

編集版(7巻)

無削除版(6巻)

今回の翻訳は当初,次のような計画だったらしい。

当初は,編集版・初期・無削除版の三シリーズを網羅する抄訳を,杉崎和子さんとわたしの共訳で出版する予定だった。(編訳者より)

計画どおりに上記の全17巻すべてを網羅していれば「決定版」となっただろう。無削除版がまったく入っていないのが特につらい。フィリップ・カウフマンの映画から来る読者のための最初の1冊が『ヘンリー&ジューン』であることは変わらずか。

本を書きました。『基礎からしっかり学ぶC++の教科書』


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『基礎からしっかり学ぶC++の教科書』(日経BP, 2017)

プログラミング言語なんて,Python一択になるんじゃないの?という向きは,TensorFlowのコードや,世界コンピュータ将棋選手権の参加チームの使用言語をご覧になるといいでしょう。「どうしてJavaやC++よりも遅いPythonが機械学習で使われているの?」などという話もあります。

『文法からはじめるプログラミング言語 MS Visual C++入門(マイクロソフト公式解説書)』(日経BP, 2009)の改訂版という位置付けですが,かなりの部分を書き直しました。

新しい話

  • C++11, C++14に対応しました。新しい話題は,型推論・ラムダ・ムーブ・新しい標準ライブラリ(ハッシュテーブル・並列処理・乱数・時間)などです。
  • Visual C++に加えて,GNU C++とClangでも,サンプルコードの動作を確認しています。
  • (実用的かどうかはともかく)C++の高速性が活きる例として,組み合わせパズルを解きます。(何を勘違いしたか,初刷では幅優先探索の英語が間違ってますな!)

なくしたもの

  • GUI(GUIアプリを作るならC++でなくてもいいだろうと考えてのことです。)
  • C++/CLI(旧版で,マネージ拡張という失敗例を紹介したわけですが・・・)

C++入門書の執筆は,プログラミング初心者からは「難しい」,C++のプロからは「いいかげん」と言われる,負けの決まった戦いです。(いいわけ)

松村真宏『仕掛学』(東洋経済新報社, 2016)


そういうわけで、松村真宏さんの『仕掛学』(東洋経済新報社, 2016)(参考文献リストあり・索引なし)を拝読したわけだが、特に興味深かったのは、第4章:仕掛けの失敗学(成功する仕掛けと失敗する仕掛け)、第5章:何かを「学」にするための仕掛け、第6章:この本が売れる理由(本を売るための仕掛け)、第7章:この本についてウェブで書かせるための仕掛け、第8章:娘たちへの思い、であった。もちろんこの記事は第7章の影響下にある。言われてみれば、量子論が量子力「学」になった経緯も詳しくは知らず。