初代「A列車で行こう」はフリーソフトウェアに


ならないものでしょうか。

1985年に最初のバージョンが発売されたA列車で行こう、25年経ってバージョン9になりました(参照:Wikipedia)。1986年に最初のバージョンが発売されたドラゴンクエストが、23年経ってバージョン9(というかIX)になったのと並んで、歴史の重みを感じさせられます。

最初の2バージョン(初代とII)は、ホワイトハウスと大統領別邸を列車で結ぶというゴールを目指して「線路を引く・街を発展させる・運賃収入を得る」を繰り返すゲームでした。列車が衝突すると実質的なゲームオーバー、入門用のマップでも資金が厳しいという、今の感覚からすると、ずいぶん厳しい仕様のゲームだったと思います。明確なゴールがあるなら親切だと思う方もいるかもしれませんが、ものわかりの悪かった私は、せっかく手に入れた初代A列車で行こうに、かなりの戸惑いを覚えたものです。

初代A列車の最初のマップはこんな感じです。上に大統領別邸、下がホワイトハウスがあり、★のついた大統領専用列車が別邸に着いていることから、クリアした後の様子だということがわかります(最後のほうはチートですね)。最初のマップなので入門用のはずですが、ものわかりの悪い子供には、ちょっと難しかったんじゃないかと思います。

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実は、プレーヤーは上のようにマップ全体を見ることはできませんでした。一度に見渡せるのはこの1/5くらいで、しかも線路から遠いところにはスクロールできませんでした。このこともゲームを難しくする一因になっていました。今日の大画面ディスプレイなら、このマップを一度にすべて表示できますが、そういうことをすると難易度は少し下がるでしょう。

売り上げという観点から言えば、A列車で行こうIIIで建物が立体的にきれいに表示されるようになったことが、このシリーズの最も大きな転換点だったと思います。ゲームシステム自体もバージョンIIIで大きく変わったと言われていますが、よくあるように、大事なことは最初のバージョンにすべて含まれているように思います(SimCityなんかもそうでしょう。水道管を引けることを喜んだプレーヤーっているんですかね)。そのA列車のアイデンティティは、復刻版で簡単に試せるので、興味のある人はやってみることをすすめます。

おそらく最も有名な都市シミュレーションゲームであろうSimCityの最初のバージョンの発売は1989年なので、A列車で行こう(1985)のほうがかなり先を行っていました。難易度がもう少し低ければ、SimCityのように大ヒットしていたことでしょう。

そのSimCityは、2008年にフリーソフトウェアになりました。文字通り自由に使うことができるので、今でも、さまざまな場所でさまざまな人に刺激を与えていることでしょう。

SimCityよりも先を行っていたはずの初代A列車は、フリーあるいはオープンという点ではずいぶん後れを取ってしまいました。たとえば、都市シミュレーションについて学生に考えさせようというときに、SimCityが素材になることはあっても、A列車がそうなることはほどんとないでしょう。

せっかくすばらしいアイディアを詰め込んだゲームだったのに、ちょっともったいないことだと思います。

4140814047上で紹介した復刻版のように、初代A列車は今でも売り物になっています。しかしそれは、A列車の感覚で言えば、人の余り住んでいないところで列車を走らせているようなものです。古いバージョンをフリーソフトウェアにして影響力を高めておいて最新バージョンを売る、なんてことがもし実現したら、「大事なことは初代に全部入っている」なんてことを大きな声で言うのはやめて、最新版を宣伝しますよ。

初代「A列車で行こう」はフリーソフトウェアに” への1件のコメント

  1. 私もそう思います。
    と言うか、Ⅲからゲームを解く醍醐味が無くなってつまらなくなりました。
    最終目標が無いと、達成感も無い!

    Ⅱは試したことが無いですが、Ⅰは名作中の名作だったと思います。
    ⅠのMAPも増やして欲しかったです。

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