プリンキピアを読む


ニュートン力学の聖書『プリンキピア』は、その著者が微積分学の創始者(の一人)であるにも拘わらず、解析学ではなく初等幾何の言葉で書かれています。そのため、今日の基準からすると親しみにくく難解です。物理というよりは科学史への興味から読まれることがほとんどでしょう。

しかし、力学を解析的にとらえるのが主流の今日において、初等幾何的にとらえるニュートンの試みには、知的な価値を見いだすことができます。物事を複数の視点から見ようとする態度を忘れてはいけませんし、何より新しい(?)ことに挑戦するのは楽しいことでしょう。

そうは言っても、(英訳なら無料で読める)『プリンキピア』そのものに取り組んでもたいていの人(含私)は挫折してしまうので、エッセンスだけを取り出したガイドのようなものがあるとうれしいです。

プリンキピアを読む―ニュートンはいかにして「万有引力」を証明したのか? (ブルーバックス) (単行本)和田純夫『プリンキピアを読む』は、『プリンキピア』へのガイドとして、とてもよいものだと思います(もっと本格的なものが欲しい人は、偉大な『チャンドラセカールの「プリンキピア」講義』にあたるといいでしょう)。特に、3部構成からなる『プリンキピア』の第3編「世界の体系」の紹介がいいです。「ライオンは爪を見ればわかる」とまでは言えませんが、次のようなことを書いていたことについては感心せずにはいられません。

規則1 自然現象の原因は、それらの諸現象を真にかつ十分に説明するもの「以外」を認めるべきではない。(p.41)

しかし、肝心の力学についてはというと、ちょっと物足りない気もします。ニュートン力学のもっとも重要な事実の解説が、あっさりしすぎているからです。楕円軌道から逆二乗則を導くという命題については詳しく解説されているのに、逆二乗則から楕円軌道を導くという命題は簡単に紹介されているだけなのです。

ファインマンさん,力学を語る (単行本(ソフトカバー))前者が重要であることに異論はありません。これが、法則の発見を追体験するものだからです。しかし、法則を使って自然現象を説明する後者も、前者に劣らず重要でしょう。これが近代科学の態度なのです。実際、一見本書と同じテーマに思える『ファインマンさん,力学を語る』の主要なテーマは後者です。

ニュートンはその著プリンキピアの中で「惑星は太陽のまわりを楕円軌道を描いて回転している」ことを重力の逆2乗の法則から示した。これはニュートン力学の「へそ」にあたるもっとも重要な事実であり、このことが分水嶺となって近代科学は誕生したのだった。(ソデ)

ニュートンが言ったこと、そして一個の惑星に関してやったことは、次のようにまとめることができる。それは、等時間での速度の変化はみな太陽の方向を向くこと、それからその大きさは距離の二乗に反比例することである。われわれのいまの問題は、そのことから、軌道が楕円であることを証明することである。それがこの講義の主な目的なのである。(p.169)

解析学的アプローチにおいては、前者は微分方程式を立てることに、後者は微分方程式を解くことに相当します。まとめると、次のようになります。

  • 楕円→逆二乗則:法則の発見の追体験。解析学的には微分方程式を立てることに相当する。和田さんが詳しく解説している。
  • 逆二乗則→楕円:現象の説明の追体験。解析学的には微分方程式を解くことに相当する。ファインマンが詳しく解説している。いわゆるケプラー問題(参考:ケプラー問題の数値解

404 Blog Not Foundに、「遠山啓の『数学入門』下巻に登場する、楕円を極座標表現してから微分方程式を立て、それを淡々と解いていくやり方」という記述がありますが、『数学入門』下巻でなされているのは前者であり、後者つまりそこで立てた微分方程式の解法は紹介されていません。淡々と解いてなんかいません。

閑話休題。実は後者を初等幾何的に証明するのは並大抵のことではありません。実際、あのファインマンでさえ、ニュートンの議論の筋道をたどるのをあきらめて、独自の方法を工夫しています(前掲書p.123)。とはいえ、その工夫を量子力学の発見の一因となるラザフォード散乱に話に繋いで講義をまとめているのはさすがです。ニュートン力学最大の成果とニュートン力学打倒に至る道筋を、逆二乗則というたった1つの話題でエレガントに見せてくれるのですから。(力学の教科書で散乱を扱うことの重要性については、ランダウ=リフシッツ 『物理学小教程 力学・場の理論』の山本義隆さんの解説を参照)

そう言えば、高校物理のカリキュラムは、初等幾何的なアプローチを採用していました。ファインマンのような天才でさえ手を焼くものを、高校生が容易にマスターできるはずはありませんから、高校物理が暗記科目になるのは当然です。幸いなことに私は、文科省のカリキュラムにとらわれない塾や参考書に出会うことができたので、高校物理で苦しむということはありませんでした。しかし、そういう出会いがないために苦しむ高校生が今もまだたくさんいるであろうことを考えると、胸が痛みます。もし、そういう高校生が近くにいたら、あの山本義隆さんの『新・物理入門』をそっと渡してあげてください。私が使った時には「新」は付いていませんでしたが、大学受験の枠を超えて読まれていい名著だったと思います。

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