言語能力に乏しい人が勘違いするような発言をわざとする
たとえば「AはBである」と言っても、「AでないならBでない」と言ったことにはならないんだけど、誤解して、「AでないわれわれはBでないというのか!」と大騒ぎするよね。「BでないならAでないということはないのだから事実誤認です」と言えばそれで終わりなのに
「国語教育をちゃんとやろうね」と主張する人たちは、その根拠が一つ増えたと言って喜ぶかな(「国語教育」じゃなくて「言葉の教育」でよかったり、さらに言えば単に「教育」でもいいけど)
ちなみに、論理の世界で「健全」というのは、英語でいう「sound」とか「truth-preserving」のこと。『「AはBである」から「AでないならBでない」が出てくる人』は健全ではない
青木氏は「どんな言い訳もできない。政治家として間違った発言で、頭の中で考えてもいけないことだ」と厳しく批判(朝日)
私はこっちのほうが気持ち悪い。政治家には「考えてもいけないこと」があるのか。キリスト教徒ならできるのかもしれないけど、一般には無理じゃない?(あー、まー、どうせこれもレトリックなんだろうけど)
「言葉に出してその可能性を認めることが許せない。だから沈黙する」という感覚は一般にはないのかねえ。それだけをネタにした小説があったけど。「女性は機械ではない!」と言う人の頭には、少なくとも「女性と機械を並べて考える可能性」というのがあるわけで、それすら拒否したいという人はどうすればいいの?
私は機械のカノウセイを信じています
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同感! ただ「BでないならAでないということはない」の部分は、
1.「Bでないなら、Aでないということはない」 ¬B → ¬(¬A)
にしても、
2.「BでないならAでない、ということはない」 ¬(¬B → ¬A)
にしても、前後の文脈とのつながりがちょっと分かりません。
3.「Bでないなら、Aであるということはない」 ¬B → ¬A
4.「Bでないなら、Aでないということはある」 ¬B → ¬A
5.「BでないならAでない、ということはある」 ¬B → ¬A
なら分かるのですが…
「AならばB」を否定したいときに、その反例を出す代わりに、「BでないならAでない」の反例を出してもいい
と言いたかったのですが、表現が甘かったでしょうか
これとは別に、いけ田さんはおわかりでしょうが、「AはBである」は甘くて、「AならばBである」と書くべきところですが、想定している発言の形にあわせています
そっか!
「BでないならAでないということはないのだから事実誤認です」
は、
「AでないわれわれはBでないというのか!」と大騒ぎする代わりに言えばそれで終わり
ということですね。
「AはBである」といった人が、大騒ぎしてる人たちに(反論として)言えばそれで終わり
と読み違えてました。失礼しました。