女性を機械にたとえること


柳沢伯夫厚生労働相は27日、松江市で開かれた県議らの会合で講演し「(女性という)産む機械、装置の数は決まっている。あとはひとり頭でがんばってもらうしかない」と放言した。(毎日

Politicianはpolitically correctでなければならないのだから責められてもしょうがない。

でも、どこかで聞いた話だな。

並列プログラミングを勉強すると、最初にこんなたとえ話に出会う。

女性は9か月で子供をうむ。9人いたからといって子供が1か月でうまれるわけではない。

初出はよくわからないが、Wikipediaでも紹介されていた(ブルックス『人月の神話 』からの引用。原典? 『UNIXという考え方』のp.114でも紹介されている)。まじめな日本語訳は「女性が10.3人いたからといって」になって、怒られる要素がまた一つ増える。

この発言は罪か? 人を機械にたとえるのはNGで、機械を人にたとえるのはOKか。主語が違えばニュアンスも当然違うわけだが、たとえるということは、何らかの類似性を見いだしているからに違いない。人と機械に類似性を見いだすことは罪か?

「女性は下手なたとえ話に機械のように素早く反応する」なんて言ったらつるし上げられるかも知れない。この表現がよくない印象を与えるのは「たとえ方が悪い」からだと思うが、まず咎められるべきは、機械がたとえ話に素早く反応するという「事実誤認」があることだったりする(「適切に」が入ってないからどうでもいいか)。

たとえられた機械の気持ちも考えてみよう。人間の生殖能力が機械の再生産能力にたとえられたことは、機械にとっては名誉なことだったかもしれない。実際、自己複製機械の研究者にとって、人間のそれは到達を夢見るゴールの一つだろう。しかし世の中の反応は、「そんなことはあり得ないし、たとえることすら許されない!」だった。研究者諸君、元気出せよ。

まあ、大臣は罷免でも辞職でもいいよ、政治家にはPCが大事。でも私にとっては、「レトリックってなんなんだ?」ということのほうが重要だったりする。

女性を口説く勉強として買った本を読み返す時か。

参考:終わりの始まり:レゴを組み立てるレゴ

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